第1回「一般庶民の生活に起きた変化とは?」

2002年2月19日掲載

shr01原氏は1970年生まれの31歳。1998年に日系企業の上海駐在員として赴任。同社を退社後の2001年8月、香港にブルームフィールドインターナショナル鰍設立。上海に同社事務所を開設し、現在に至っている。激動するアジア経済の要となる上海に、若くして単身で起業を果たしてから、「中国と日本のことを考えることが多くなった」と心境の変化を語る。絶えず変化を続ける上海の現状を、原氏の眼を通してリポート。これから中国で、起業を目指す若者にも何かの参考になれば幸いである。なお、記事に関するご意見や問い合わせを受け付けています。


上海で、生活するようになって4年が過ぎた。私も一人の外国人として、ここ上海で生活している。この中国ビジネスに魅力を感じた世界各国の企業が著しく上海へ進出しているが、私もその一人だと感じている。

 最近の日系企業の直接進出、そして、中国企業との新規取引など、大手だけではなく。中小、零細、そして個人までもがここ上海へ進出している。

 正確な数字は、把握していないが、日本から上海、上海から日本への、飛行機や船の往来数を見れば分かると思う。東京(成田)、大阪(関空)から、上海へ1日に日本、中国、アメリカなど複数の飛行機会社が飛んでいるが、それ以外の地方(名古屋、福島、福岡、岡山、仙台、札幌、新潟、沖縄)などからも中国系の飛行機会社が往来している。上海に入ってくる外国人の3分の1が日本人とも言われている。

 日本からは団体や個人の旅行も増えて来たが、良く見ると、スーツを着た男性の集団や一人だけの方、そして子供を連れた奥さん方が目に付いてしまう。船も神戸、横浜、東京、大阪だけではなく、その他各地方へも毎週定期的に出港している。

 そんな中、中国の一般の庶民はどう変わってきたのだろうか?日本もこれだけ多く上海と関わっているが、同じように、アメリカやヨーロッパ、香港、台湾、韓国、シンガポールなどのアジア各国やその他全世界の企業が同じように上海と関わっている。

 いずれも、日本企業の考えとほとんど同じように、人件費や生産コストの削減、そして今後の中国市場を考えての進出である。中国が世界に対して開放する中、上海で生活している一般庶民も、それらの国々のことが分かるようになってきた。上海の街を歩くと広告やポスター、チラシ、そして、企業や会社、ショップ等のプロモーションを数多く見ることが出来る。また、新聞、雑誌が多く販売されている。

 私自身、当然ながら中国人の方と接する機会が数多くあるが、そのほとんどの方が、自分の好きな物や欲しい物、そしてやりたい事や夢を持っており、それを言葉で表現する。そして、それに向かって毎日の生活を送っていることを感じられる。

 このことが、世界各国の企業進出が著しいことと関連出来る裏付けは何も無いが、私自身は大きく影響していると思っている。無かった物や事柄、そして、今ある物よりも良くてお洒落で使い勝手の良い物が外国から入って来る。また、沢山の外国人が在住しているここ上海では、多くの外国人に接する機会がある。

 実際に、自分で見たり経験することにより、選択や比較が出来、自分で感じることが多くなった。

 そういう気持ちを持った人々が多いここ上海だからこそ、まだまだ発展し続けると私自身信じており、ここで起業したきっかけの一つでもある。私もここ上海と一緒に発展し続けたいと思っている。



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